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home sweet home...

liccaといいます。趣味に没頭する生活が一変、田舎の長男に嫁ぎました。家事苦手、料理修業中。2児母。ワーママ、現在育休中。

母親になる自信がなかった

私は自分のことが大嫌いでした。

自信がありませんでした。

人間関係もうまく構築できません。

コンプレックスの塊で性格もひねくれてる。

子どものときからよくキレて親を困らせてばかりでした。

10代の頃は死にたいと思ってました。

20代になって仕事するようになってから

少しずつ色々なことを受け入れられるようになっていきましたが

根本的なことは変わりませんでした。

仕事も長く続かず、何度も転職しました。

 

そんな時、あるスポーツに出会いました。

人生を変えるような出会いでした。

それをしているときは本当に楽しくて

もっと上手になりたくて、必死に練習しました。

どんどんのめり込んでいきました。

そのスポーツを通して、知り合いが増えていきました。

人生が少し楽しくなりました。

このスポーツをしているときは、嫌なことを全て忘れられました。

嫌なことを忘れ、ただただ上達するために努力する、きれいな自分でいられる。

自分を憎んでいることも忘れさせてくれました。

 

学生時代は暗黒でしたので恋人などいるわけもなく。

しかし趣味ができてから激変しました。

共通の趣味があるということ、それは恋愛においてとても重要で

コミュニケーションがへたくそでも

「楽しい時間を共有する」ということにより距離は縮まっていく。

趣味という共通の話題がある。

出会いがたくさんあり、表面的な付き合いができるようになっていきました。

 

仕事でも表面的な付き合いだけはできるようになってきましたが

相変わらず、根本的には変わっていませんでした。

 

20代半ばで今の旦那と出会い、付き合い始め

20代後半で結婚。出産しました。

 

1人目を妊娠中のとき、私は常に不安でいっぱいでした。

たくさんの不安要素がありました。

 

 

『私は子どもが苦手。かわいいと思えない』

弟妹もいなかった私は、小さな子の相手をしたことがありませんでした。

赤ちゃんをあやしたりなんてできない。

どう扱っていいかわからない。

小さな子どもが泣いているとイライラする。

なんで泣くのよ、わがままで、だから子どもは嫌い!と思っていました。

自分の子どもを愛せる自信がありませんでした。

 

 

『きっと自分みたいな性格の子どもになる。そんな子ども、育てられる自信がない』

『私に似たら、きっとブサイクだ』

コンプレックスの塊の私は自分の容姿を憎んでいたから

子どもの顔やスタイルが私に似ることを恐れていました。

性格も顔も醜いから、自分の遺伝子を残すことに罪悪感さえ感じていました。

 

 

『かわいい。大好きよ。愛してる。が言えない』

そんな言葉を今まで言ったことがなかったから。

ストレートに言われたこともなかった。

恥ずかしくて言えるわけないと思ってました。

 

 

『趣味が出来なくなる。私が私じゃいられなくなる』

趣味をしているときが唯一の楽しい時間だったのに…

それができなくなり、私が私でいられなくなるような感覚に陥りました。

今まで練習してきたのに、もう筋力も体力も落ちてしまう。出産後だって復帰できない可能性が高い。

私は今後、何を目標に生きていけばいいんだろう。

…今思えば「何言ってんの」っていうような悩みですが、当時は本気で悩んでていました。

 

 

『旦那に浮気されるのが嫌だ』

『嫌われる』

私が妊娠してからも、浮気性の旦那は出会い系をしたり、私が仕事でいないときに知り合いの女性を連れ込んだりしていました…

自分に余裕があれば、趣味をしているときなら許せても、妊娠中は許せなかった。

泣いてわめいて、謝らせた。

そんな自分も嫌でした。

 

 

『子どもが産まれたら、私を愛してくれる人がいなくなる』

夫婦は血が繋がってない。

他人の私より、旦那は子どもを愛するに決まってる。旦那は私より子どもを大事にするに決まってる。

子どもですら、母である私よりも、父親のことをすきになるに違いない。

誰も私のことを必要でなくなる。

そんな風に思ってました。

 

 

妊娠中、私はどんどん醜く、昔の自分に戻っていくのを感じました。

恐怖でした。この先、私はどうなってしまうのだろう。

心が闇に埋もれて、もう生きていけないかもしれない。

 

 

それでもどんどん大きくなるお腹。

誰にも相談することはできなかった。

もともと自分の考えを伝えることが苦手だったけど

ましてやこんな、自分の核をつくような話は誰にも言えませんでした。

本音で話せる人なんていなかった。たとえ旦那でさえ。

 

 

臨月のときも旦那との喧嘩は絶えませんでした。

破水し、出産日を迎えても。

入院中、旦那はほとんど面会に来ませんでした。

退院してからわかったことですが、

私が入院しているあいだも、

旦那は知り合いの女性に声をかけ

会う約束を取り付けていました。

 

 

産まれた我が子を見ても、まだ実感がわかない。

かわいいとも思えない。

ふにゃふにゃの赤ちゃんを抱いて不安ばかりがつのりました。

 …私に似ている。ブサイクな、私に。

一重で鼻が低くて。美人の要素がない。

育てていける自信がない。

 

 

出産後、慣れない育児。

旦那の浮気。

崩れるホルモンバランスに私の精神状態はズタボロでした。

もう嫌だ。死にたい。

 

なぜ私は、こんなヤツの子どもを産んだのか。

たくさん泣いた。

泣いてもなにもかわらなかった。

 

 

自分はどんどん醜くなっていく。

子どもは癇癪でよく泣く。

私はこの子を愛せるのだろうか。

不安を常に抱きながら

日々過ぎていった。

 

 

そんな、どうしようもない自分だったのに。

いつからだろう。

 

 

子どもが産まれて、数ヶ月が経ってからだと思う。

私に母親という自覚がわいてきた。

自分の子どもがかわいくなってきた。

子どもに自然に話しかけられるようになってきた。

本当に、少しずつだけど。

 

 

1日、1日を過ごしていくうちに

「かわいい」も「大好きよ」も

言えるようになっていった。一年近くかかったけど。

 一般的にいうような美人とは程遠いけど

自分の子どもが本当に可愛くて仕方ない。

大好きだ。

毎日ギュッと抱っこできることが幸せだ。

日々、大きくなっていくことを寂しく感じるくらいに。

 

 

ひねくれてる私だけど

今も自信なんかないんだけど

それでも子どもを愛する母親になったんだ。

人は変わる。子どもだけが、変えられるのかもしれない。

 

こんな葛藤があったことを、少し前まで忘れていました。

2人目を妊娠して、少し思い出した。

当時のどうしようもない自分のことも忘れないように、記録しておこう。